高知地方裁判所 昭和39年(ワ)49号 判決 1968年3月26日
原告 升田正一
右訴訟代理人弁護士 小松幸雄
被告 高知県漁船保険組合
右代表者理事 堀部虎猪
右訴訟代理人弁護士 浜口重利
補助参加人 奥宮笑子
右訴訟代理人弁護士 網野林次
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
(原告)
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金一四六万七、〇七一円およびこれに対する昭和三九年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、次のように述べた。
(一) 請求の原因として
1 原告は、訴外角谷音吉の被告に対する左記損害保険金請求権の一部について、別紙執行事件一覧表記載三および六のとおり、高知地方裁判所安芸支部において、二回にわたり、右角谷を債務者、被告を第三債務者とする各債権差押および取立命令を取得し、当時、その各命令正本が被告に送達された。
記
(イ) 保険番号 昭和三七年度L第一五九の二号
保険の目的 汽船光栄丸
保険金額 金六二七万円
(ロ) 保険番号 昭和三八年度L第三八号
保険の目的 右に同じ
保険金額 金一、二三三万円
2 原告のなした右債権差押等は、原告の右角谷に対する抵当権の目的船舶汽船光栄丸が、昭和三八年一〇月三日、坐礁により滅失したので、原告が、右抵当権に基づき、角谷の前記保険金請求権を右船舶に代わるもの(抵当権の物上代位)として、その被担保債権(原告の角谷に対する貸金一九五万円およびこれに対する貸付日の昭和三七年六月七日から昭和三八年六月六日まで民事法定利率年五分の割合による利息金、合計金二〇四万七、五〇〇円)請求のためなしたものである。
3 その後、原告は、昭和三九年六月中、右債権について、裁判所の配当手続により、被告のなした供託金八八万三、七〇一円のうちから金六六万九、八〇四円の支払を受けたので、このうち金一八万六、八七五円を右貸金に対する右貸付日から昭和三九年五月六日まで年五分の割合による利息金の弁済に充当し、その余を右貸金の弁済に充当したが、被告はその余の支払をしない。
4 よって、原告は、被告に対し、右取立命令に基づき、右貸金の残金に相当する金一四六万七、〇七一円およびこれに対する昭和三九年五月七日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。
(二) 抗弁に対する答弁として
1 被告の抗弁事実中、原告が被告に対して本件取立権を有しない旨の事実ならびに補助参加人奥宮笑子が角谷に対して貸金債権および質権を有する旨の事実は、いずれも争う。原告の本訴請求は、叙上の各取立命令に基づくものであるから、被告が、訴外藤野種市と原告間になされた前記抵当権の被担保債権の譲渡について、対抗要件の欠缺を主張して、原告の取立を拒むことは、許されない。
2 その余の被告主張事実は、すべて認める。
(三) 再抗弁として
1 奥宮の角谷に対する貸金債権は、昭和三八年一一月九日、右両者間に従前数口の貸金合計金一八〇万円の債権が未済のまま残存していたとし、これを目的としてなされた準消費貸借によるものであるところ、その当時、右両者間には、右目的債権が全然存在していなかったから、右準消費貸借は無効であって、奥宮が右債権を取得するいわれはなく、これを被担保債権とする前記質権設定の契約も亦無効である。
2 仮に、右主張は理由がないとしても、原告主張の本件差押および取立命令は、叙上のとおり、いずれも原告の船舶抵当権に基づく物上代位によるものであるところ、右抵当権は、角谷が、昭和三七年六月七日、右藤野に対する金一九五万円の借受金債務を担保するため、同人に対してこれを設定し、昭和三八年四月三〇日、その抵当権設定登記を経由した後、原告が、同年八月五日、右藤野からその被担保債権とともに右抵当権の譲渡を受けてこれを取得したうえ、同月一三日、その抵当権移転登記を経由したものであるから、その後において、角谷から設定を受けた奥宮の質権中、保険番号昭和三七年度L第一五九の二号の保険金のうち金一二七万円の請求権を目的とするものについては、原告に対抗できないものである。
(四) 再々抗弁に対する答弁として
被告の再々抗弁事実は、争う。
(被告)
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、次のように述べた。
(一) 答弁として
原告の請求原因事実は、すべて認める。
(二) 抗弁として
1 原告が被告に対し、原告主張の抵当権の物上代位により、本件保険金の取立権を主張するためには、右抵当権の被担保債権が原告に譲渡されたことについて、従前の債権者藤野から当該債務者角谷に対してその旨の通知をするか、又は同人の承諾を受け、かつ、これについて確定日附のある証書をもってすることが必要であるところ、本件については、右債権譲渡の対抗要件を欠いているから、原告は、被告に対し、前記取立権を主張し得ないものである。
2 仮に、右主張は理由がないとしても、被告は、次のとおり、本件の保険金をいずれも支払又は供託をなして完済したから、原告に対してはすでに何らの支払義務もない。
(1) 保険番号昭和三七年度L第一五九の二号の保険金六二七万円については、そのうち金四八四万〇、八四三円をいずれも原告に優先する左記質権者および徴収権者に対して支払をし、その余の金一四二万九、一五七円を原告の本件差押前の昭和三八年一一月九日角谷に対して支払い、これを全額完済した。
記
(イ) 角谷が、昭和三八年八月三〇日、訴外株式会社高知相互銀行に対し、右保険金のうち金二〇〇万円について質権を設定(右銀行の角谷に対する金一〇〇万円の貸金債権を被担保債権とするもの)した旨、右両名から申出があったので、被告は、同年九月一一日、これを承諾したうえ、同年一一月九日、右銀行の請求により右保険金のうち金六〇万円を同銀行に支払った。
(ロ) 角谷が、昭和三八年一〇月五日、訴外株式会社槇田鉄工所に対し、右保険金のうち金三〇〇万円について質権を設定(右会社の角谷に対する金三〇〇万円の売掛金債権を被担保債権とするもの)した旨、右両名から申出があったので、被告は、同月二四日の確定日附ある証書をもってこれを承諾したうえ、同年一一月九日、右会社の請求により右保険金のうち金二九七万〇、八四三円を同会社に支払った。
(ハ) 角谷が、昭和三八年一〇月一四日、奥宮に対し、右保険金のうち金一二七万円について質権を設定(奥宮の角谷に対する金一八〇万円の貸金債権のうち金一二七万円を被担保債権とするもの)した旨、右両名から申出があったので、被告は、同年一一月一五日の確定日附ある証書をもってこれを承諾したうえ、奥宮の指示により昭和四〇年四月三〇日右保険金のうち金三〇万円を訴外高知製綱株式会社に、同年五月四日右保険金のうち金四〇万四、七九六円を船員保険料の徴収権者高知県厚生労働部保険課長に(これは、同年一月二五日、同保険課長から角谷に対する昭和三八年三月以降同年九月まで七ヵ月分の前記汽船光栄丸にかかる船員保険料滞納金四〇万四、七九六円およびその延滞金九万一、五〇〇円合計金四九万六、二九六円の滞納処分として、右保険金の未払金一二七万円のうち金四九万六、二九六円の請求権を差押える旨の通知があり、右徴収権者と奥宮との間にその優劣について争いとなっていたところ、後に、奥宮が右金員から右滞納金を徴収することを承認して、右徴収権者が右差押を解除したことによるものである。)それぞれ支払い、その余の金五六万五、二〇四円については、昭和四〇年五月四日、奥宮の請求によりこれを同人に支払った。
(2) 保険番号昭和三八年度L第三八号の保険金一、二三三万円については、そのうち金一、〇九八万八、八七六円をいずれも原告に優先する左記質権者らに対して支払い、そのうち金四五万七、四二三円を原告の本件差押前の昭和三八年一一月九日角谷に対して支払ったほか、その余の金八八万三、七〇一円については、別紙執行一覧表記載の各執行が競合し、さらに、昭和三九年二月一九日、前記船員保険料の徴収権者から角谷に対する昭和三七年九月以降昭和三八年一〇月まで一四ヵ月分の前記汽船光栄丸にかかる船員保険料の滞納金および延滞金合計金七四万二、五五八円について徴収のため、交付要求をした旨の通知があったので、昭和三九年四月二二日、民事訴訟法第六二一条により、右金員を高知地方法務局に供託して、これを全額完済した。
記
(イ) 角谷が、昭和三八年五月七日、訴外漁業金融公庫に対し、右保険金のうち金一、二〇〇万円について質権を設定(右公庫の角谷に対する金八〇〇万円の貸金債権を被担保債権とするもの)した旨、右両名から申出があったので、被告は、同月一三日の確定日附ある証書をもってこれを承諾したうえ、同年一一月九日、右公庫の請求により右保険金のうち金八〇三万一、二三二円を同公庫に支払った。
(ロ) 角谷が、昭和三八年一〇月一四日、奥宮に対し、右保険金のうち金三三万円について質権を設定(奥宮の角谷に対する金一八〇万円の貸金債権のうち金三三万円を被担保債権とするもの)した旨、右両名から申出があったので、被告は、同年一一月一五日の確定日附ある証書をもってこれを承諾したうえ、同月二七日、奥宮の請求により右保険金のうち金三三万円を同人に支払った。
(ハ) 角谷が、右漁業金融公庫の承認を受けたうえ、昭和三八年一一月七日、訴外室戸岬漁業協同組合に対し、さきに同公庫が前記質権の目的とした金一、二〇〇万円のうち金二六二万七、六四四円の保険金債権を譲渡した旨、角谷から同日の確定日附ある証書をもって通知があったので、被告は、同月九日、右組合の請求により右保険金のうち金二六二万七、六四四円を同組合に支払った。
(三) 再抗弁に対する答弁として
1 原告の再抗弁事実中、原告の角谷に対する貸金債権の有無ならびに右貸金債権を被担保債権とする抵当権の設定および移転の事実についてはいずれも不知、その余の事実はすべて争う。
2 原告は、抵当権の物上代位による差押と質権とが競合した場合の優先順位については、当該抵当権の登記の時を基準とすべき旨主張するが、本来、抵当権は、その目的物が滅失すれば、当然に消滅し、その登記も亦当然に失効するから、この場合登記の時を基準とするのは不合理であるばかりでなく、当該抵当権の目的物の代価請求権が、抵当権者の差押前に処分されて、その対抗要件をも具備した場合には、民法第三七二条、第三〇四条但書によって、これに対する抵当権者の権利行使はすでに許されないものと解するのが相当であるから、原告の右主張は理由がない。
(四) 再々抗弁として
仮に、奥宮が、原告主張のとおり、角谷の本件各保険金債権について質権を有しないものであったとしても、被告は、原告の本件差押前、奥宮および角谷の両名から、その間に金一八〇万円の消費貸借がなされている旨申出られたうえに、右両名連署の書面をもって叙上の質権設定に対する承諾を求められたので、奥宮を右質権者と信じてこれを承諾したうえ、同人の請求により右質権の目的とされた保険番号昭和三八年度L第三八号の保険金のうち金三三万円を同人に支払ったものであるから、被告のなした右金員の支払は、少くとも右保険金債権の準占有者に対する弁済としての効力を有している。
(証拠関係)≪省略≫
理由
(一) 原告主張の請求原因事実ならびにこれに対する被告主張の抗弁事実中原告が本件保険金の取立権を有しないとする部分を除く爾余の事実は、すべて当事者間に争いがなく、原告の右請求原因事実によれば、原告の本訴請求は、原告の訴外角谷音吉に対する抵当権(原告の同人に対する金一九五万円の貸金債権を被担保債権とするもの)の目的船舶汽船光栄丸が滅失したため、原告が、右抵当権者として、その物上代位により、右角谷に対する右被担保債権請求のため、高知地方裁判所安芸支部昭和三八年(ル)第二六号および同第三一号各債権差押および取立命令に基づき、その第三債務者である被告に対して、右船舶を目的とする損害保険金の支払を求めるものであるから、原告の右被担保債権の取得原因(訴外藤野種市と原告との間になされた債権譲渡の対抗要件の欠缺)の瑕疵を主張して原告の右取立を拒むことは許されないものと解するのが相当であり、被告のこの点に関する主張は採用できない。
(二) そこで、原告主張の再抗弁について判断する。
1 まず、原告は、本件の保険金請求権を目的とする補加参加人奥宮笑子の質権はその被担保債権が存在しないから無効である旨主張する。しかし、叙上のとおり、角谷が、右奥宮に対する借受金一八〇万円のうち金一六〇万円の債務を担保するものとして、昭和三八年一〇月一四日、同人に対し、被告主張のとおり、保険番号昭和三七年度L第一五九の二号の保険金のうち金一二七万円および同昭和三八年度L第三八号の保険金三三万円の各請求権について、それぞれ質権を設定することを約束し、被告が、これを承諾したうえ、原告の本件差押前に右保険金三三万円、その後昭和四〇年五月四日までに右保険金一二七万円の支払をなしたことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、却って、右奥宮が、角谷から右質権の設定を受けた当時、同人に対し、少くとも金一六〇万円の貸金債権を有していたこと、そして、奥宮が、右貸金の支払を確保するため、角谷から叙上のとおり質権の設定を受けたところ、その支払がなかったので、右質権者として被告から右保険金の支払を受けたことが認められ、原告の右主張に符合する証人由本六市の供述部分は、前示証拠に照らしてたやすく措信できないし、他に原告の右主張事実を証するに足る確証はないから、原告のこの点に関する再抗弁は採用できない。
従って、前記保険番号昭和三八年度L第三八号の保険金については、被告が、原告の差押前、すでにその大部分の支払を完了していたうえ、その後供託をなして右保険金の残債務を免れたものであること明らかであるから、原告の本訴請求中、右保険金に関する部分は、その余の点について判断するまでもなく、すでに理由がないことに帰着する。
2 次に、原告は、本件差押および取立命令が抵当権の物上代位によるものであることを根拠として、原告の本訴請求は、奥宮の前記質権中、前記保険金一二七万円の請求権を目的とするものに優先する旨主張するので、以下この点について説明する。
(1) まず、≪証拠省略≫によれば、原告主張の抵当権は、角谷が、昭和三七年六月七日、訴外藤野種市に対し、金一九五万円の借受金債務を担保するため、当時角谷の所有であった汽船光栄丸について抵当権を設定することを約したうえ、昭和三八年四月三〇日、その抵当権設定登記を経由した後、原告が、藤野から同人の右貸金債権とともに譲渡を受けてこれを取得し、同年八月一三日、その抵当権移転登記を経由したものであることが明らかであり、この認定を妨げるに足る資料はない。
(2) そして、船舶抵当権については、船舶法第三五条、商法第八四八条により、不動産の抵当権に関する規定が準用され、その目的船舶が滅失した場合には、いわゆる抵当権の物上代位を規定する民法第三七二条、第三〇四条により、当該抵当権者において、抵当権設定者の受くべき金銭その他の物に対しても権利を行使することができるものと一般に解されているところ、角谷の本件二口の保険金請求権の一部について、原告のためになされた本件各差押および取立命令は、原告の前記抵当権の目的船舶汽船光栄丸が滅失したため、右各法条を根拠としてなした原告の申請によるものであって、その各命令正本が、昭和三八年一一月二九日と同年一二月二六日にそれぞれ被告に送達されたこと、ところが、被告は、原告の右差押前、すでに本件二口の保険金とも大部分の支払を完了していたうえ、右差押当時残存していた同昭和三七年度第一五九の二号の保険金のうち奥宮が質権の目的とした金一二七万円については、奥宮の右質権が原告の右差押えに優先するものとして、その支払をなし、原告に対してはすでに支払分がないとしてこれに応じないものであること、奥宮の右質権は、原告の右差押前の昭和三八年一一月一五日、その質権の設定について第三者に対する対抗要件を具備したものであることは、叙上の説明によりすでに明らかなところである。
(3) 本件のように、抵当権の目的船舶の滅失などにより、当該抵当権設定者の受くべき保険金等について当該抵当権者の物上代位による差押と他の債権者の質権(又はその債権譲渡)とが競合した場合には、その基準時を当該抵当権の登記の時と差押の時とのいずれにするか、又は民法第三〇四条但書をいかに解するかによって、当該抵当権と質権との優先順位が既往の取扱と転倒されることともなり、ときには、保険会社等(第三債務者)の利害関係とも関連して重大な結果を招来する。ところが、この点については、前示法条の規定からは必らずしも明らかでないため、その取扱に差異を来たし、又は各権利者の主張が対立することともなり、古くから論議されているところであるが、本来、抵当権は、その目的物の滅失によって当然に消滅し、その代価等については、抵当権の効力が当然に及ぶことはなく、その物上代位は、抵当権者による差押を要件として、法律上特に認められた効力であると考えられること、そして、一般に抵当権の目的物とその代価等の請求権とは、別個に処分することが可能であって、これに対する取引の安全を保護する必要があること、などを綜合すれば、右両者の優先順位については、当該抵当権の登記の時を基準とすべきでなく、抵当権者による差押時と質権設定の第三者に対する対抗要件を具備した時との前後によって決すべきものと解するのが相当である。
(4) そうすると、本件について、原告は、奥宮が質権の目的とした前記保険金請求権の一部については、本件差押および取立命令をもって、その質権者である奥宮に対抗できないこととなり、この点に関する原告の再抗弁も亦理由がないことに帰着する。
(三)よって、原告の本訴請求は、すでにその余の点について判断を加えるまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川瀬勝一)
<以下省略>